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横浜市栄区には古くからの遺跡や神社などが各地に点在しています。
「栄区豊田地区 栄区笠間地区 栄区小菅ケ谷地区 栄区本郷中央地区 栄区本郷第三地区 栄区上郷西地区 栄区上郷東地区」とそれぞれの地区ごとに貴重な歴史スポットが大切に温存されています。横浜市栄区の歴史を知るにもいいチャンス!是非、時間があるときに歴史スポットをまわってみてください。 |
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横浜市栄区豊田 |
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横浜市栄区笠間 |
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田谷の洞窟・横浜市登録文化財 |
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笠聞神明杜下の薬師石仏 |
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鎌倉時代に鎌倉北条氏を攻めた新田義貞兄弟によって、鎌倉幕府は滅亡しましたが、逃げた兵士がこのあたりで切腹しその霊を供養した13人の武将の墓の伝説があります。いまは1基のみ残っています。 |
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笠間仲宿の裏手の小適の山腹にかつての神明社の跡が残っています。そこを少し上った左手の岩場には薬師の小石仏のほかに、石塔の残欠、さらに、舟形の光背に線刻の浮き彫りをした珍しい地蔵があります。 |
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十三塚 |
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水神様(水神橋河畔) |
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長尾砦跡 |
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五社稲荷 |
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鷹匠橋 |
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青木神社 |
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正安寺 |
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法安寺 |
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鎌倉中の道 |
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鹿島神社 |
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玉泉寺 |
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立竜舞の伝説 |
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横浜市栄区小菅ヶ谷 |
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横浜市栄区本郷中央 |
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広地薬師 |
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永林寺 |
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栄区内には、各所に薬師堂や木彫、石彫の薬師如来像が残っています。小菅ケ谷の鎌倉道の脇に稲荷の小祠があり、そのわき道の民家の裏に丸彫りで石遣の薬師如来があります。薬師堂にちなんだ「堂の前」という地名がのこっています。 |
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谷山と号し、曹洞宗の寺で鎌倉郡観音三十三ケ所観音霊場16番。境内、墓地には石仏が多く、特に薬師石仏、延享4年(1747年)公田・桂村念仏講中の銘のある六地蔵、一石百庚申塔、青面金剛庚申塔、馬頭観音文字塔など民俗資料として貴重なものが保存されています。 |
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七石山横穴古墳群 |
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桂台土器 |
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長光寺 |
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アラハバキ神 |
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大誓寺 |
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上藹塚 |
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春日神社 |
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神明杜 |
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鎌倉中の道道標 |
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横浜市栄区本郷第三 |
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横浜市栄区上郷西 |
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子の神日枝神社 |
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はたおり地蔵 |
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中之村の鎮守。文明年間(1469~1486年)上杉管領家が農業守護のため、守護神として子之神を鎮守したことがはじめとされています。証菩提寺文書によると鎌倉以来の古社と考えられています。弘化3年(1846年)奉納の手水鉢が残されています。 |
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栄区桂山公園のなかに、やぐらのように掘り窪めた穴があり、その中に珍しい形の地蔵石仏がまつられています。機を織るときの「杼(ひ)」と糸玉を持っています。享3年(1686年)の銘があります。もとは、栄区上郷町西ケ谷にありました。 |
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正翁寺 |
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坂中山観音堂跡と耕堂学舎 |
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長慶寺 |
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證菩提寺 |
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八幡神社 |
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横浜道道標 |
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横浜市栄区上郷東 |
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上郷猿田遺跡・深田遺跡 |
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昭和58年、現在の上郷高校一帯から、縄文時代から古墳、奈良時代までの住居跡が発掘されました。奈良時代のものは13戸。当時の集落の規模と生活を知るうえで、貴重な資料となりました。また、山手学院南側あたりから、砂鉄から鉄を取り出すときに出る不純物の「金くそ」や、古代の溶鉱炉のあとである「たたら」跡が発見され「深田製鉄遺跡」とされています。現在はほとんどが舞岡上郷線道路の下になっています。 |
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昇龍橋 |
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白山神杜 |
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深田やぐら |
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光明寺 |
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