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七夕は元来は中国の節句の一つであり、それが奈良時代に日本に伝えられてきたといいます。
七夕と言えば、織姫と夏彦星のお話。年にたった1度しか会えないこの2人の伝説が語り継がれています。
七夕の織姫星とは、こと座の1等星ベガとして中国や日本では知られています。また、夏彦星はわし座のアルタイル。織姫は天帝の娘で、機織の上手な働き者の娘でした。 |
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また、夏彦星も一生懸命働く青年だったので天帝は二人の結婚を認め、祝福しました。願い叶ってめでたく夫婦となった二人ですが、夫婦生活ばかりにのめりこんでしまった織姫は機を織らなくなり、夏彦は牛を追わなくなってしまいました。それを見た天帝は激怒し、2人を天の川を隔ててバラバラに引き離してしまいました。 |
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引き離されてひどく落ち込む二人を見て、天帝は年に1度7月7日の日だけ、会うことを許しました。そして、どこからかやってきたカササギが、二人の間を隔てている天の川に橋を架け二人はその橋を渡り、毎年逢瀬を繰り返す…というお話です。 |
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7月7日に雨が降ると天の川の水かさが増し、織姫は渡ることができず夏彦星も彼女に会うことができないので、この日に降る雨は催涙雨とも呼ばれています。催涙雨は織姫と彦星が流す涙といわれているそうです。 |
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平塚の七夕まつりは、関東3大七夕まつりの一つになっており、毎年7月7日を含む、3日間くらいの日程で行われています。第二次世界大戦中、平塚市には海軍火薬廠があったため、1945年7月の空襲で焼野原となり、市の60%が壊滅してしまいました。終戦後の1950年7月に平塚を盛り上げようと、復興まつりが開催され、その後平塚商工会議所や平塚市商店街連合会が中心となり、仙台の七夕祭りをお手本とした「平塚七夕まつり」を開催しました。その後どんどんと動員が増え、規模も拡大していき、現在では七夕飾りは市全体で約3,000本、湘南スターモールには大型の竹飾りが83本飾り付けられています。電飾がなされているので、夜の七夕も昼間とは違う雰囲気で楽しめます。 |
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